日記・コラム・つぶやき

人間ドックと書き物。

先日行ってきた、人間ドックの結果が出ました!
やった。ほとんど異常無しです。
案の定、もっと体重を落としなさいとは言われましたが、微妙にコレステロール値が高い程度で、これは気にすることはないそうですし、上が96という血圧も体質だからOK、たぶん生まれつき、白内障らしいのですが(生まれつきとは言っても、今回、初めて知った・・・)、それもたいしたことはないそうです。
なので、どれも気にする必要は無し、◎だそうです。
やった。
これだけ不摂生しても、どこにも異常がないなんて、余程、丈夫な体なんでしょうねえ。健康に生んでくれた両親に感謝です。

ということで、安心して、仕事をしようと思っています。この2~3日で、書き物を9本終えました。スピードが要求される仕事ですので、内容が完璧というわけではないのですが、折り合いをつけるしかないと思っています。11日までにあと8本、終わらせたいと思っていますので、ペース的には調度いいかな。半分の日程で、半分まできていますからね。
今晩もあともう一仕事。
がんばらなくちゃ。

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過去日記;当事者性

朝から教育学の授業を受講。研修です。グループでディスカッションをするという授業でした。グループで、現代の教育に対する、大胆な提言をしてほしい、というお題です。

私は、このブログでは書けないような(!)大胆な提言をしました。が、いまいち、反応が(涙)。まあ、そんなもんでしょ。

ただ、一つだけ気になったのです。

私は、学校や教師が自由に教育実践ができることが大切だと思っているのですが、どうも多くの方は、自由にすると、怠けたり、うまくいかないことが多いと思われているようです。自由にすると、必ずサボろうとする、と。

う~ん。そうでしょうか。

では皆さんも、自由になったら、ご自分はそうするとお考えなのでしょうか。

だとしたら私は、それでいいと思うのです。主張されていることに矛盾はないですから。

でもどうもお聞きしていると、ご自分は別だと思われているようなのです。自分はそういうこと、つまり、サボったり、教育の質を低下させるようなことはしないけれど、そうする人がいるでしょう、と。

う~ん。ご自身は免れていると思っているのですか。

自由という空間で、サボろうがサボるまいが、倫理性のレベルについては、この場合は私は、どちらでもいいのです。もちろん私の考えはありますがね。

でも、それ以上に気になったのは、自分だけは免れている、というロジックです。しかもそれが、自分は周りよりも高い水準で免れている、という。

私はこのような思考に違和感を感じました。

本当にそうでしょうか?

私は、この現代を生きている限り、自分だけが免れることはないと思っているのですよ。ここから、当事者性が生まれてくるのではないでしょうか。

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普通じゃないのかなあ。

今日、半分(?)プライベートな世界で、何人かの初めての方にお会いしました。仕事のお付き合いではないので、私自身はちょっと気楽に、あまり考えずに話をしてしまったら、どうも私は、「普通ではない」と思われてしまったようです・・・(涙)。

そ、そうなんだ。

本当に本当に、私は、自分は普通だと思っているし、普通でありたいと切に思っています。個人としては、なるべく目立たないで、ひっそりと生きていきたいと思っているし、まあ、そういう路線でそれなりにやってきていると思っていたのに実は、最近、「先生は普通じゃないということを、ちゃんと自覚してください。先生の認識は間違っています」とはっきり言われ、へこんでいたのです。それでもまあ、そういう人は多くないので、まだ大丈夫と思っていたら、今日も、ですか・・・

ああ、そんなに私、普通じゃないのでしょうか・・・

こんなに普通になりたいと思っているのに(泣)。

でも、まだくじけません。普通になれるよう、努力するのであります!

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信頼。

自分の思っていることが相手には伝わっていない、誤解されているなあと感じていることって、ありませんか? 私はしょっちゅうです。私のことを勝手にそう決めつけないで。そういう誤解を前提に勝手に話を進めないで、と思うこと、よくあります。でも、なんかそういうのを訂正するのも面倒だし、相手はそう思い込んでいるのだから、言っても無駄だよね、と思って何も言わないのがいつもの私です。結果、その誤解はだんだん、増幅していくのではありますが(汗)。

ただその一方で、私も相手の思っていることがわかっていなかったんだな、と気づく場面がありました。まあ、そういう誤解ってあるんだろうなとは思いつつ、今日の誤解は、うれしい気づきだったのです。

私のことは信頼してくれてないよねえと思っていた方から、そうではないと言われました。あまりにも意外だったので、私は一瞬、止まりました。

そうだったんだ。

ありがたいことです。

でも、こういう信頼って、この一瞬、OKだったとしても、いつでも簡単に崩れるものです。だから、崩れないように、そして、より信頼してもらえるように、丁寧に丁寧に関係を保っていかなければ、と思うのです。

だから、またまた緊張の連続です。

でも、大切にしたいと思うのです。

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信頼。

アジールのような場を自分で持って教えていると、毎日まあ、いろいろなことがあります。結構大変です。毎日、一喜一憂しています。

ほんのその一端なのかもしれませんが、なんとなくこのところは、落ち着いてきています。

それは、私の心の持ちようが一番大きいのかもしれないのですが、信頼と安心があるように思うからです。

私は、自分ではこれが普通だと思っているのですが、「先生は簡単に人を信頼しすぎる」とよく言われます。確かにまあ、そうかもしれません。「先生はみんな「いい子」っていうし」とも言われたり。だって、そうなんだもん。

アジールには信頼したいと思う方しか集まっていないし、子どもたちはみんないい子だし。

だから私は、輪をかけて、楽天的になっていると思うのです。

まあそれでも、いいじゃないですか。

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朝方生活。

昨日、朝方の生活のことを書きましたが、アジールで、朝のクラスを持ちたいと前から思ってます。実は。

朝6時から90分、あるいは2時間程度、授業が持てないものでしょうか。子どものクラスも、大人のクラスも。2時間やっても8時、大人・大学生のクラスだったら、そこから1時間で行ける職場・大学だったら、十分可能でしょう。だいたい大学なんて、1限授業はあまりないし(笑)。社会人の方だって、本当に仕事ができる方々って、朝、仕事をしていると思うんですよね。ブレックファーストミーティングとか。英会話スクールとかでも、朝のクラスってありますよね。

なのでアジールでも、朝2時間、勉強をする社会人クラスができたらなあと思っています。

子どもたちにも、近くに住む子たちには、そういうクラスが作れたら・・・

昨日も書きましたけど、私は子どもの頃、朝、勉強をしていたのですが、実はそれ、自宅で、ではないのです。近くに地元の人が集まるところがあって。そこに毎朝、4時過ぎには通っていたのです。本当に365日、毎朝休まずに。だから、朝4時半から6時まで、毎日そこで勉強・・・というか、私の場合は本を読んでいましたからねえ。家にある本を読み尽くし、小学校の図書室の本も読みたいものは読み尽くし(だいたい、小さな小学校だったので、本の冊数がたいしてありませんでしたから)、いつも百科事典を抱えて行っていました。お気に入りは歴史の巻。旺文社の百科事典でしたねえ。

うん、5時から学ぶ、子どものクラス、つくりたいです。でも、どれだけこういうニーズがあるかしら??

そういう意味では、アジールの自習室は、365日24時間開いてます、という体制にできたらな、と思っています。

仕事のアイディアはたくさんです。

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ルーティン。

最近、朝早く目が覚めるようになったので、なんでかな~と思っていたら、思い当たる節が。布団の位置を変えたんです。東側からの朝日が入る場所にベッドを動かしたもので。だからですね。だいたい何時に寝ても(例えば2時とか3時とか)、6時に目が覚めてしまうのです。あまりにも睡眠不足だとまずいので、だったら早く寝て、6時に起きるかあ!という生活をここ数日しています。まあ、それはそれで気持ちがいいものですね。

なので、アジールにも早く出勤してきています。

そもそもアジールの私の部屋は、こちらも東向きですから、午前中の方が日が差して気持ち良いのです。うん、このペースでこれから仕事をしていこう!

でもまあ、夜の仕事がメインの「学習塾」の職員が、朝方の仕事かあ・・・う~ん。

でも思うのです。朝をちゃんと使った方がいいですよって。

実は私は、子どもの頃は超朝方の生活をする家庭で育ちました。小学校のときには平日は必ず8時に布団に入る、土曜日は9時って決まっていましたからね。そして、朝4時には起床なのです。4時に起きて顔を洗って身支度をして、6時まで1時間半勉強をして、6時から朝ご飯。それからお手伝いで家の掃除をして、7時過ぎに学校に行くという生活をしていました。高校も、毎朝6時23分(確か)の電車に乗って学校に行っていましたからね。

大学に入っても、朝、8時に自習室が空くので、その前に、当時は洗濯機がなかったので、手洗いで選択をして、8時には自習室に行っていましたからねえ・・・

よく考えたら、20代前半までは、朝方の生活をしていたのでした。それもかなり毎日、規則正しく。

子どもにとって、この朝方というのも大切なのですが、毎日、決まりきったことを繰り返す、ルーティンというのが本当に大切だと思います。同じことを繰り返すことが大切なのです。本当に。

ルーティンを繰り返していると、それは規則正しいということもありますが、ルーティンでやっていることに対しては、あまり気持ちを割かなくてもいいということもあります。日々、生きていると、いろいろなことを考えなくてはなりません。こんなに毎日仕事に追われていると、本当に考えることがたくさんです。

でも、生活の根幹の部分がルーティンで決まっていると、そこは考えずに、でも、コンスタントに生活は進んでいくのです。そういうことがいいんだろうなあと思います。

ですのでアジールは、アジールに通ってくる時間帯も「自由にいつでも選べる」のではなくて、毎週決まった時間に、コンスタントに通ってくることが理想、としています。それが例え、個別指導であっても。毎回選んでいるなんて、そんなところにリソースを配分してほしくないと思っているので・・・

そういうリズムって、意外と大切なんですよ。

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ゴーリキーの言葉。

てきとーに机の周りにおいてあった本を読んだら、ときどき学生に使う、ゴーリキーの言葉が出てきました。いつも学生に、正確な紹介ができないのです。なのでここに書いておきましょう。

「仕事が楽しみなら人生は楽園だ。仕事が義務なら人生は地獄だ。

ロシアの作家ゴーリキーはそういうことを言っているんですよ。

仕事時間をなるべく減らして、あるいは余暇のために生きるのではなくて、仕事そのものが人生の楽しみになったとしたら、私はそれは、とても幸せなことだと思うのですよ。

少しでも労働時間を減らそうという発想は、仕事が義務な場合ですよね。でも、そうではなかったら・・・

私は「人生は楽園」の方なので、本当にありがたいと思っています。仕事が楽しみなら本当に人生は楽園です。だから、きっちり8時間なんて仕事の仕方ができないのですよね。とほほ。

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「あと90分!」の続報。

すっごいくだらないことですが・・・。

昼間に書いた「あと90分!」の続報です。っていうか、そんなことを気にされている方はおそらくいないでしょうが・・・

はい、無事に90分で書き上げ、打ち出しました。これで目標は達成、気持ちがいいですね。

最近、やっと、外の「やらなければいけない仕事」を優先するようになってきました。もう、謝ったり調整したりの生活が、さすがに心理的に負担になってきましたので・・・(汗)。もちろん、やりたいことができないという心理的な負担もないわけではないのですが、でも、謝ったり、あれが終わっていないと気になったりしていることの方が、負担になってきました。まあ、それぐらい、やばかったわけで(汗)。

でもまあ、こうやって一つひとつ片づけていくと、気持ちがいいものです。っていうか、春休みが終わったので、そういった時間的余裕が生まれてきたわけなんですねえ。

もう、土曜日までの仕事も終わったし。余裕があったので、かなり丁寧に、学生さんの論文に赤ペンを入れてきました。学生さんの反応が楽しみです。

とはいいつつも、まだ仕事は残っています。少しずつ片づけていこうと思います。

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あと90分!

ここ数日、レポートを書いています。そんなんで忙殺されていていいのか、と思いますが・・・

なんとか順調にやってきて、あと1本書けば、とりあえずのノルマは終了です。なんとなく、今日はゆっくりと時間を過ごすことができていて、あと90分、時間があります。

あと90分で終わらせなくちゃ!

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